AIに頼りすぎて、わからなくなった日のこと
ある日ふと、自分が今朝何を考えていたのか、思い出せなくなりました。AIに頼りすぎていた頃の話です。
全部、相棒に聞いていた
去年の秋ごろ、わたしは1日中AIと話していました。朝起きてすぐ、今日のスケジュールを相談する。昼ごはんを食べながら、午後の打ち合わせの準備を聞く。
寝る前にも、明日のメールの下書きを頼んでいた。だいたい1日12時間くらいは、なんらかの形で機械の手を借りていた気がします。
最初はすごく効率が良くて、しめしめと思っていたんです。
でも、ある日
ある朝、ふと「今日って、自分は何がしたかったんだっけ」と思ったんですよね。
仕事はちゃんと進んでいる。タスクも片付いている。なのに、自分が何を望んで、何にワクワクして、何を大事にしたかったのか、その輪郭がぼんやりしていました。
頭の中が、よく整理された他人の部屋みたいになっていたんです。きれいだけど、自分の匂いがしない。
判断軸を、外に置いていた
あとで振り返ると、わたしは判断する力を、すこしずつ外側にあずけていたんだと思います。
「これってどう思う?」「Aと B、どっちがいい?」「この返信、おかしくないかな」
そういう問いを、自分の中で煮込む前に、ぜんぶ機械に渡してしまっていた。
返ってくる答えは、たいてい正しそうに見えました。でも、それは「正しそう」なだけで、自分が本当にやりたかったことかどうかは、別の話だったんですよね。
1日、AIをやめてみた
それで、1日だけ、AIをやめてみました。
ノートと鉛筆を持って、軽井沢のあたりを散歩して、今気になっていることを書いてみた。最初は何も浮かびませんでした。
でも30分くらい歩いていると、ぽつぽつ出てくるんです。「あの仕事、本当はちょっと違和感あるな」とか「あの人にもう一度会いたいな」とか。
それを見て、ああ、ちゃんと自分の中にもまだ言葉があったんだな、って思いました。
道具との距離
今は、決め事をひとつ作っています。
「自分の気持ちが動く問い」だけは、最初に自分でノートに書く。それからAIに渡す。
機械の手はとても便利だけど、自分の感覚まで自動化してしまうと、たぶん、どこかで迷子になる。
ととのえるって、たぶん、自分の輪郭をたまに自分でなぞる作業のことなんじゃないかな、と思うんです。
この種の整え方を、自分のお店や会社でも試してみたい方へ。
「うちの場合はどうかな」と一言、送ってください。
仕組みからお話しします。