デザインをAIに任せて、自分で書き直した話
御代田町にあるhaluta houseのLPを作っていたとき、AIに任せた箇所を、最後の最後で自分で書き直しました。その理由について書いてみます。
8割は、機械の手で進んだ
LPの制作って、たくさん作業があるんです。文章の骨組み、配置、色味、何を最初に見せて、何を一番下に置くか。
そういう「組み立て」の部分は、わりとAIに頼っても進みます。たぶん、全体の8割くらいはそうやって作っていけるんじゃないかな、と思う。
実際、halutaのLPもそうやって途中までは進みました。
でも、最後の2割が動かなかった
最後に残ったのは、お店の世界観を一行であらわす、そんな部分でした。
機械の手が出してきた候補は、どれも整っていて、それなりに読めた。でも、その店のドアを開けて、店主が出してくれるパンの匂いを知っている人間が読むと、「ちょっとちがう」ってなる。
なにがちがうのか、最初はうまく言葉にできませんでした。
ちがいは、たぶん「温度」だった
何度か読み返すうちに、ちがいの正体がなんとなく見えてきました。
それは「温度」みたいなものだったと思います。
たとえばあの店のパンは、ただおいしいんじゃなくて、店主が朝5時に起きて、こねて、焼いて、棚に並べているからおいしい。お客さんはそれをなんとなく感じている。
その「なんとなく」を文字にするには、自分があの店に何度も通って、店主と話して、椅子に座ってコーヒーを飲んだ時間が必要だったんですよね。
機械は、現場にいない
考えてみれば、当たり前のことなんです。AIはあの店に行ったことがない。店主の手の動きも、窓から差し込む朝の光の感じも、知らない。
知らないことは、書けない。それだけのこと。
だから最後の2割、いちばん大事な「その店らしさ」の部分は、自分でノートを開いて、現場の記憶をたぐり寄せながら書きました。
任せるところ、引き受けるところ
今のわたしの考えでは、AIに任せていいのは「型」のところ。自分で引き受けるのは「温度」のところ。
そして、おそらく多くのお仕事で、お客さまが本当にお金を払いたい部分って、後者なんじゃないかな、と思うんです。
ととのえるという仕事も、たぶん、そのへんに本体がある気がしています。